• Coulyne

ただいま!

昨夜、無事にスペイン旅行から戻って参りました。 スペインからモロッコのマラケシュまで、感動と感激の旅でした。あらゆる場面で息子を感じ、時には涙ぐみましたが、約束を果たせたようでもあり、逆に親孝行をしてもらったような不思議な気持ちの旅でした。 行く先々で見知らぬ人たちに親切にしてもらい、言葉では語り尽くせないくらいたくさんの思い出ができましたが、満月の頃だったため、アルハンブラ宮殿からもプラド美術館からも、素晴らしい月を眺めることができました。しかしなんと言ってもマラケシュでみたアラブの街から見た月は最高で、砂漠の澄んだ空に青い月がよく似合って、この月を眺めることができただけでも、遠くモロッコまで来た意味があると思いました。 ただ、文化の違いからくる戸惑いも多く、ランチが3時過ぎ、夕食が9時過ぎのスペイン流に胃袋が慣れるまでに数日かかり、朝からガッツリ食べたい私は、レストランが開き始める午後2時まで、菓子パンをかじりながら過ごすので、その反動からランチを食べ過ぎて、おまけに夕食までの腹ごなしのつもりでせっせと歩きまわった挙げ句に疲れはて、夕食まで待てないで寝てしまう日が続きました。インターネットも部屋では使えないことが多く、本当にすみませんした。 一番ビックリしたのはモロッコ式のトイレです。スークという市場にある公衆トイレは、床に直径15センチほどの小さな穴が開いているばかり…、私は穴を見つめて、しばらく使用方法について悩みました。しかも使用後はお金を支払わなくてはならなくて、これぞまさしく 「 旅 」 だなぁと痛感しました。 さらにビックリしたのは、予約したはずのホテルがなかったことで、慌てふためいて警察署に駆け込んだ私たちに、おまわりさんは笑いながら、「 ここはモロッコなんだから 」 みたいなことを言い、確かにそうだよなと思った私たちは、日本流の考え方をやめて頭を冷やしました。 まったくあてにならない警察署を出て、あるはずのホテルの前を重いカバンを転がしながら何度も行ったり来たりする私たちを気の毒に思った現地のお兄さんが、親切にもリヤカーに私たちの荷物を入れて、泊まれるホテルを一緒に探してくれたので、野宿しないですんだのですが、今になって思えばとんだ笑い話です。 移動には、飛行機、新幹線、地下鉄、電車、バスにタクシー、さらには馬車まで使い、ほとんど言葉の通じない中でも、身振り手振りと少しの英語で何とかなったのですが、今になって思えば、スペイン語やアラブ語がわからない私たちを、一緒に歩いて案内をしてくれた親切な人に何人もお世話になったおかげです。 あくまで息子の目線での旅を心がけたので、日本人などいない安宿ばかりを泊まり歩いたのですが、これがまたとても楽しくて、テレビもバスタブもないような部屋にフルーツだけは山盛りにあったり、エアコンもない部屋から広場の素晴らしいクリスマスツリーが眺められたりして、海外旅行では、現地の人たちの泊まる安いホテルが最高なのだとつくづく思いました。 しかしほとんどの日本人は高級ホテルに泊まり、ブランドのバッグを持ち歩いているので、あきらかに様子が違う私たちは、行く先々でフィリピン人かと聞かれ、時にはニーハオと話しかけられました。 民族や文化が違っても、笑顔と熱意があれば何とか心は通じるものです。もうこのような旅は、最初で最後になるのかもしれませんが、どこにも心暖まる出逢いがありました。 帰りの飛行機の中でウトウトしていたら、「 寂しがらないで元気で生きて行ってよ。いろんな人たちとの出逢いを生きがいにしてさ。」という息子の声が聞こえた気がしたのですが、まったく同じ言葉を昔、息子から聞いたことを思い出しました。 何年か前に私の老後の話をした時、 「 お母さん、誰かいい人と暮らしているかな? 」 と面白半分に聞いた私に、「 残念ながら一人で暮らしているよ。」 と息子が笑いながら答えて、まったく同じこの言葉を言ったのです。もしかしたら、息子は今日の日が来ることを何となくわかっていたのかもしれません。 「 冷たいねぇ~。お母さんはあなたとは暮らせないの? 」 と、口をとがらせて聞いてみたら、 「 残念ながら間違いなくそうなるね。でもね、俺がいなくてもたくさんの人たちがまわりにいるのが見えるから大丈夫。結構楽しそうにやってるからさ。」 ちょっと遠くを見るような目をしなが、妙にきっぱりと言い切った息子がいました。「 俺だって少しは霊感あるんだから 」 と照れくさそうな顔をして、その会話は終わりました。ちょうど冬になりかけの四年前の今頃で、息子は白いフリースの上着を着て笑っていた記憶があります。 お母さんもお姉ちゃんも元気で生きていくね。 素晴らしい旅を本当にありがとう。

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2020/5/27 メール受信の調子が悪くしばらく受信する事ができずご迷惑をお掛けして大変申し訳ありませんでした。 本日から復旧いたしましたのでどうぞお気軽にご連絡ください。

6月に思う

かつて住んだ家は近くに田んぼがあったので、6月の夜ともなるとそれは賑やかな蛙の鳴き声がした。 うるさいほどの蛙の鳴き声を聞きながら、田んぼの畦道に蛍を探しに出掛けたこともあった。 生きていたなら中年にさしかかるであろう息子が、小学5年生の姿で私の前で宿題をやっている。 窓の外は蛙の大合唱。 宿題を終えた子供の頭をなでる、まだ若い母親の自分がいる。 私は若い頃に戻りたいとか、人生をやり直したいなどと