• Coulyne

人生の分岐点

じっくり観察してみると、うらやましいと思われる人のタイプには、お金が集まってくるタイプと、人が集まってくるタイプのふたつがあることがわかります。 人がたくさん集まって来る人に限ってお金にはあまり縁のない人が多いのですが、このタイプにも二通りあり、お金儲けの上手な人と知り合いになると、何かしらうまいお金儲けの方法を教えてもらおうと躍起になるタイプと、相手の生き方は尊重しつつも、人が集まって来てくれる今の生活を変えたくはないと思うタイプに分かれます。 じつはここが人生の分かれ道となるのですが、お金にあまり執着しない生き方を好ましく思って人が集まってきていた人からは、人がいなくなるのです。 お金が集まって来る人は、もともと孤独てすし、人が集まって来るときは、人柄に魅せられではなく、金儲けの知恵に魅せられて人が集まるのだということは、自分でもよくわかっているものです。 また、その生き方を良しとしている自分がいるのでとくに問題はありません。 問題は、人が集まって来てくれるので、あとはお金だと考える人で、お金が集まって来ると人はいなくなるもの、別の言い方をすると、これから自分の周りに集まって来る人間は、これまでの人たちとは全く違うタイプの人たちなのだということを よく理解していないことです。 富と家族はあるが、友と呼べる人などいない人を金持ちというのだと言い切る人もいますが、私もそう感じるときがあります。 大切にしたいものは、人によってそれぞれ違うものだし、人に押し付けるものでも、人の真似をするものでもありません。 自分にとってなにが一番大切なのかということをよく理解し、それをこれからも大切にして生きていかないと、人生の最後で後悔することになります。

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2020/5/27 メール受信の調子が悪くしばらく受信する事ができずご迷惑をお掛けして大変申し訳ありませんでした。 本日から復旧いたしましたのでどうぞお気軽にご連絡ください。

6月に思う

かつて住んだ家は近くに田んぼがあったので、6月の夜ともなるとそれは賑やかな蛙の鳴き声がした。 うるさいほどの蛙の鳴き声を聞きながら、田んぼの畦道に蛍を探しに出掛けたこともあった。 生きていたなら中年にさしかかるであろう息子が、小学5年生の姿で私の前で宿題をやっている。 窓の外は蛙の大合唱。 宿題を終えた子供の頭をなでる、まだ若い母親の自分がいる。 私は若い頃に戻りたいとか、人生をやり直したいなどと