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必要とされる人

この世に、いらない人などは一人としていないのてすが、必要とされている度合いの、多い少ないはやはりあるように思います。 具体的なイメージでいうと、これまでの人生で、自分以外の人のために使った時間と比べて、自分のためだけになにかをしていた時間と、どちらが長いかと考えてみたらよくわかるかもしれません。 子供や家族のために時間を使ってきたという人が一番多いと思いますが、他人のために使ってきた人もいるでしょう。 自分のしている仕事自体が、人のためになると言う人もいるかもしれませんが、それによって報酬を得ているのだから自分のためです。 必要とされている度合いと、自分以外の人のために費やした時間は比例するのですが、その理由はおわかりのように、自分のためだけに生きている人は、他の人からしたら、いてもいないと同じことなので、必要性というものは感じにくいのです。 自分がいなくなった場面を想像してみてください。 あなたでなくてはだめなことがいくつあるでしょうか。 あなたがいなくてもお金があればそれで済むようなことしか浮かばないとしたら、あまりにも悲しいことですが、自分のためだけに生きてきた人にはよくあることなのです。 自分の存在が誰かに求められていると感じる場面が多ければ多いほど、幸せな人だと言えますが、仕事を離れたら誰にも求められないような生き方だけはしないようにしなければと思います。

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2020/5/27 メール受信の調子が悪くしばらく受信する事ができずご迷惑をお掛けして大変申し訳ありませんでした。 本日から復旧いたしましたのでどうぞお気軽にご連絡ください。

6月に思う

かつて住んだ家は近くに田んぼがあったので、6月の夜ともなるとそれは賑やかな蛙の鳴き声がした。 うるさいほどの蛙の鳴き声を聞きながら、田んぼの畦道に蛍を探しに出掛けたこともあった。 生きていたなら中年にさしかかるであろう息子が、小学5年生の姿で私の前で宿題をやっている。 窓の外は蛙の大合唱。 宿題を終えた子供の頭をなでる、まだ若い母親の自分がいる。 私は若い頃に戻りたいとか、人生をやり直したいなどと