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方向性の違い

方向性の違いというものはなかなかやっかいなもので、ある日突然そのことに目覚める人もいれば、少し感じ始めたあたりで気持ちにフタをしてしまい、沸騰してフタがぶっ飛んでしまってから、自分はこんなに我慢をしてたのだ、なんて気がつく場合もあります。 メジャーなどころでは、そのことが漫才コンビや音楽グループの解散につながる時もあるし、マイナーなところでは、店長と意見が合わなくてバイトを辞めるなんていうことにもなるのですが、ここで注意すべきことは、自分が一番大切にしたいと思うことが、相手の思いと違っているということで、やり方とか性格といったものの違いではないということです。 これだけは譲れない、というものが違う場合は、もはや歩み寄ることは難しく、はたから見たらうまくいっているように見えても、どちらかが自分を殺して相手に合わせているだけなのです。 また、あまり長い間自分を殺していると、感覚がマヒしてしまい、この人には一生逆らえないなどと錯覚してしまう場合もあります。 一度しかない人生です。 方向性が違う組織や人に気づいた場合、ヨットに例えて言うなら、マストをしっかり立てて、自分が本来進むべき方向に船を進めなくてはいけません。 皮肉なことにその場合は、これまで自分がいた場所から離れれば離れるほど、追い風を受けて先にぐんぐん進めるイメージになるのです。 自分が進むべき方向が定まったら、風をとらえて真っ直ぐ前を向いて進まないと、同じ場所をグルグル旋回しているだけのヨットのようになってしまうでしょう。

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2020/5/27 メール受信の調子が悪くしばらく受信する事ができずご迷惑をお掛けして大変申し訳ありませんでした。 本日から復旧いたしましたのでどうぞお気軽にご連絡ください。

6月に思う

かつて住んだ家は近くに田んぼがあったので、6月の夜ともなるとそれは賑やかな蛙の鳴き声がした。 うるさいほどの蛙の鳴き声を聞きながら、田んぼの畦道に蛍を探しに出掛けたこともあった。 生きていたなら中年にさしかかるであろう息子が、小学5年生の姿で私の前で宿題をやっている。 窓の外は蛙の大合唱。 宿題を終えた子供の頭をなでる、まだ若い母親の自分がいる。 私は若い頃に戻りたいとか、人生をやり直したいなどと