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最後のプレゼント

子供の頃から、なぜか私は、蜩 ( ひぐらし ) の鳴き声が本当に好きで、半分本気で、「 私はね、ひぐらしの鳴き声を聞きながらご臨終だったら、どんなにいいかと思うよ 」 などと、みんなに言っていたくらいです。 しかしその計画を、私より先に実行したのは息子でした。 亡骸になって、病院から自宅に運ぶ途中の峠道でも、葬儀場の裏山からも、ひぐらしの カナカナカナという鳴き声が聞こえていたので、それ以来、あれは私への最後のプレゼントとして、たくさん聞かせてくれたんだと思っていました。 息子の一周忌が近くなり、数日前からお花が、少しずつ届き始めていたのですが、その中に、敦子の誕生を祝うお花が一つありました。添えられたカードに、「 息子さんからの、最後のプレゼントでもある、敦子ちゃんがすくすく育ちますように 」 と書いてあり、思わず涙ぐんだのですが、確かにそうかもしれないと思いました。 息子が亡くなった七月は、本来は暗く沈みがちになるはずなのに、敦子の誕生月でもあるので、そうそう沈んでもいられません。そしてそれはこれから一生続くことなのです。 また、私たち家族だけでなく、お線香を上げに来て下さった方も、敦子を見て、何だか明るくなってお帰りになります。 そうか、息子はこういうやり方が好きだったな、と思いました。 「 もう悲しむのはやめにして、敦子の顔でも見て、笑って帰っていって下さいね 」 こんなことを言っているような気がまします。 今日は初めて迎える悲しい命日の日ですが、あどけない敦子に、みんなが救われています。 本当に、最後のプレゼントだったのかもしれません。

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お知らせ

2020/5/27 メール受信の調子が悪くしばらく受信する事ができずご迷惑をお掛けして大変申し訳ありませんでした。 本日から復旧いたしましたのでどうぞお気軽にご連絡ください。

6月に思う

かつて住んだ家は近くに田んぼがあったので、6月の夜ともなるとそれは賑やかな蛙の鳴き声がした。 うるさいほどの蛙の鳴き声を聞きながら、田んぼの畦道に蛍を探しに出掛けたこともあった。 生きていたなら中年にさしかかるであろう息子が、小学5年生の姿で私の前で宿題をやっている。 窓の外は蛙の大合唱。 宿題を終えた子供の頭をなでる、まだ若い母親の自分がいる。 私は若い頃に戻りたいとか、人生をやり直したいなどと