• Coulyne

毎日が金環日食

人生の中で、金環日食を観ることができた私たちは、本当に幸運だったと思うことにしましょう。 金環日食どころか、4年に一度のオリンピックも、当たり前に観戦できるとは限らないのが人生だからです。 さらに言うなら、桜を観ることでさえ、来年のことはわかりません。 頭ではわかっていたことですが、私も息子を亡くして初めて、明日のこともわからないのが人生だから、毎日を丁寧に生きなくてはいけないということを思い知りました。 また、寿命の外にも、当然のように来年も誕生会をしたり、花火大会に行くのだと思っていた夫婦や恋人だった人との、仲たがいしてしまった別れもあります。 つまらぬ喧嘩が元で、今朝の朝食が、二人で食べた最後の食事になるカップルもいれば、災害に見舞われ、夕べの食事がみんなで囲んだ最後の晩餐になってしまったご家族だっているのです。 金環日食のように、もう生きては観ることができないとわかりきっていることは、この日に遭遇できたことがとても幸運だったことのように思えるのですが、毎年恒例の行事どころか、何気ない日々の暮らしでさえ、本当はとても大切でありがたいことだと思えば、自分の周りにいる家族や友人も、またこの瞬間さえもいとおしく思えてきます。 本当は毎日が、ありがたい金環日食のごとき日々なのでしょう。

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2020/5/27 メール受信の調子が悪くしばらく受信する事ができずご迷惑をお掛けして大変申し訳ありませんでした。 本日から復旧いたしましたのでどうぞお気軽にご連絡ください。

6月に思う

かつて住んだ家は近くに田んぼがあったので、6月の夜ともなるとそれは賑やかな蛙の鳴き声がした。 うるさいほどの蛙の鳴き声を聞きながら、田んぼの畦道に蛍を探しに出掛けたこともあった。 生きていたなら中年にさしかかるであろう息子が、小学5年生の姿で私の前で宿題をやっている。 窓の外は蛙の大合唱。 宿題を終えた子供の頭をなでる、まだ若い母親の自分がいる。 私は若い頃に戻りたいとか、人生をやり直したいなどと