• Coulyne

笑って暮らせるかで決める

私は昔から間違い探しのパズルが大の苦手です。 それなのに何の因果か、人の間違い探しに近いことを生業(なりわい)にしているのです。 私も間違うことの多い人生を過ごしてきましたが、だからこそわかることもあるし、間違った後味の悪さも知っています。 時には、何が正しくて何が間違っているかの基準が曖昧な場合もありますが、そんなときは、笑顔で過ごせるかを判断の基準にすることにしています。 例えば離婚は、決してほめられることではないのですが、愛情もなく未来も描けない状態で夫婦関係を継続しているよりは、別れてそれぞれの明るい未来に向けて歩き出した方が良いし、親不孝だと言われようが、親から理不尽な理由で縛り付けられて夢も希望もない生活をしている青年なら、親の反対を押しきってでも家を出て、自分の人生を切り開いて笑って暮らしていくべきなのです。 私は、決して離婚や親の意見に背くことに賛成ではないのですが、一度しかない人生の中での選択肢の中にそれらは誰にも用意されていることだけは、必要がある人には伝えています。 なぜなら、生まれてきたからには、人は幸せになるべきだし、幸せになる努力をすべきだと思っているからです。 人生の岐路で、難しい決断をしなくてはいけないとき、世間体や常識、慣例といったものを一旦頭から外し、笑って暮らせるかどうかを判断の基準にしてみたら、後悔はしないものです。

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2020/5/27 メール受信の調子が悪くしばらく受信する事ができずご迷惑をお掛けして大変申し訳ありませんでした。 本日から復旧いたしましたのでどうぞお気軽にご連絡ください。

6月に思う

かつて住んだ家は近くに田んぼがあったので、6月の夜ともなるとそれは賑やかな蛙の鳴き声がした。 うるさいほどの蛙の鳴き声を聞きながら、田んぼの畦道に蛍を探しに出掛けたこともあった。 生きていたなら中年にさしかかるであろう息子が、小学5年生の姿で私の前で宿題をやっている。 窓の外は蛙の大合唱。 宿題を終えた子供の頭をなでる、まだ若い母親の自分がいる。 私は若い頃に戻りたいとか、人生をやり直したいなどと