• Coulyne

行き先がわからない

行き先を見失うような時があります。 これが雪山だとしたら遭難して、最悪の場合は凍死してしまうのですが、人生においてだとしても自分の方向性が見えないのだから道に迷って遭難しているようなものだといえるのかもしれません。 方向には、自分が進みたい方向と、進むことを周囲から求められる方向があるわけですが、周囲から求められる方向には行きたくない人がほとんとで、むしろそこに行かないで済むにはどうしたらよいかと考えたりもします。 これは反対されればされるほど行きたくなる心理と通じるのてすが、誰でも他人の敷いたレールには乗りたくはないものなのです。 この事は、誰でもわかりきった理屈なのに、つい自分の子供や身内に対してはレールを敷きたがるひかなかあのです。進学、就職、結婚など、自分が進みたい方向を模索する絶好のチャンスだというのに、お節介をしてしまうのですが、本人の成功を望むならそんなお節介はやめましょう。 失敗のない人生ほどつまらないものはありません。 失敗をするから悩み、乗り越えるから笑顔があり、なぐさめてくれる仲間の大切さもわかり、謙虚になる大切さも学ぶものなのです。 人生において行き先を見失ってもけっして凍死するけとはないので、ゆっくり道に迷い、その間によく考えましょう。

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2020/5/27 メール受信の調子が悪くしばらく受信する事ができずご迷惑をお掛けして大変申し訳ありませんでした。 本日から復旧いたしましたのでどうぞお気軽にご連絡ください。

6月に思う

かつて住んだ家は近くに田んぼがあったので、6月の夜ともなるとそれは賑やかな蛙の鳴き声がした。 うるさいほどの蛙の鳴き声を聞きながら、田んぼの畦道に蛍を探しに出掛けたこともあった。 生きていたなら中年にさしかかるであろう息子が、小学5年生の姿で私の前で宿題をやっている。 窓の外は蛙の大合唱。 宿題を終えた子供の頭をなでる、まだ若い母親の自分がいる。 私は若い頃に戻りたいとか、人生をやり直したいなどと