• Coulyne

言ってはいけない言葉

友達の輪は小さいより大きな方が良いのですが、いくら大きくても、しっかりつながってなければ意味はありません。 地震や台風などの災害時ほど友達の輪が大活躍します。 グラッと揺れたとき、「あの人は大丈夫だろうか」と、とっさに何人の人に思ってもらえるかが、とても大切なことだからです。 たとえば一緒に暮らす家族がいる人は、まずは家族の安否確認をしますが、その次には親しい友人の安否か気になるものです。 ここでいう親しいという意味は、お世話になっているとか、仕事上の付き合いといったうわべの付き合いではなく、安否が気になる、つまり元気でいてほしいと願わずにはいられない知り合い、ということです。 常日頃からうわべの付き合いばかりの人に囲まれている人は、いざというときに誰も来てはくれないので、そこでやっと自分の優先順位を知ることになります。 昨年の震災のとき、「私のことは心配じゃないのか!」という電話が上司にあたる女性からかかってきてびっくりしたと、あるお客さんが私にに言いましたが、私もそれを聞いてびっくりしました。 部下を心配するのが上司の仕事なのに、何を血迷ってそんな反対のことを言うのかと思ったし、そんな電話を部下にかけなくてはいけないほど、同世の友達がいない人だということがわかるからです。 「私のことは心配じゃないのか」と唯一言い合えるのは親子の関係だけです。 男女の関係でその言葉が出たら 、別れも近い時期に違いなく、また、上司が部下に、あるいは年上から年下に言ってしまえば、「こんな人間にだけはなりたくない」と相手に思われる言葉です。 なぜなら、本当に相手のことを思っている、あるいは愛している人の口からは、決して出ない言葉だからです。 「何か、私にできることはありますか?」 常にこんな心持ちでいる人こそが、真の友達の輪を作れる人だと思います。

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2020/5/27 メール受信の調子が悪くしばらく受信する事ができずご迷惑をお掛けして大変申し訳ありませんでした。 本日から復旧いたしましたのでどうぞお気軽にご連絡ください。

6月に思う

かつて住んだ家は近くに田んぼがあったので、6月の夜ともなるとそれは賑やかな蛙の鳴き声がした。 うるさいほどの蛙の鳴き声を聞きながら、田んぼの畦道に蛍を探しに出掛けたこともあった。 生きていたなら中年にさしかかるであろう息子が、小学5年生の姿で私の前で宿題をやっている。 窓の外は蛙の大合唱。 宿題を終えた子供の頭をなでる、まだ若い母親の自分がいる。 私は若い頃に戻りたいとか、人生をやり直したいなどと