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雨とストレスが降りつむ

このところ、「恵みの雨」などどいう言葉はめったに耳にしなくなり、降り過ぎる雨に迷惑を通り越して恐怖を感じることが多くなっています。

雨の量は人間が感じるストレスに似たところがあって、たとえ僅かずつでも長期にわたって降り続けたり、たとえ短期間でも相当な降雨量だと河川の氾濫や土砂崩れといった災害を引き起こしてしまうように、たかがイライラでも長期にわたっていたり、たとえ一瞬のことでもでも深い悲しみや強い怒り、恐怖といったストレスによって人の心が壊れてしまうことがあるものです。

しかし最も注意をしなくてはいけないのがそれらの複合型です。

例えばそれくらいの降り方だったら何の問題もない雨の量だったのに、途中からいきなり大雨に変わったことがきっかけで土砂災害となってしまうように、あまり良い気分で付き合えなかった人のことを何とか我慢していたとしても、あるとき言われた一言によってブチ切れた経験を持つ人は多いと思いますが、そのようなことです。

しかし雨とストレスで大きく違うのは、人から受けるストレスについては、振り回されない、まともに付き合わない、放っておく、受け流すといった気持ちになることで、リミッターの目盛を上げないで済むということです。

当たり前のことすらわからない人が威張っていられる世の中です。

人を見下さなければ気が済まない人もいます。

人の感情をかき乱すことが平気にできてしまう人もいます。

しかしよくよく考えてみると、それらの人はあらゆることに損をしていることが多いものです。

その反対に相手をほっとさせることができる人はあまり損をしないものです。

損というのは、周りに人が集まらないという意味です。

雨の話から少しずれてしまいましたが、雨もストレスも溜めこむことで大きな被害をもたらすものだというお話でした。

いつも笑顔のあなたでいて下さい。 by光凛

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2020/5/27 メール受信の調子が悪くしばらく受信する事ができずご迷惑をお掛けして大変申し訳ありませんでした。 本日から復旧いたしましたのでどうぞお気軽にご連絡ください。

6月に思う

かつて住んだ家は近くに田んぼがあったので、6月の夜ともなるとそれは賑やかな蛙の鳴き声がした。 うるさいほどの蛙の鳴き声を聞きながら、田んぼの畦道に蛍を探しに出掛けたこともあった。 生きていたなら中年にさしかかるであろう息子が、小学5年生の姿で私の前で宿題をやっている。 窓の外は蛙の大合唱。 宿題を終えた子供の頭をなでる、まだ若い母親の自分がいる。 私は若い頃に戻りたいとか、人生をやり直したいなどと