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魂のステージ

いっとき親しく付き合っていた友達でも、何かがきっかけとなって疎遠になってしまうことがあります。 とくに喧嘩やいさかいがあったわけではなくても、一緒にいても前ほど面白くなく、あれ、こんなにつまらない人だったかな?などと思う瞬間があるのです。 そんなとき、単に飽きてしまったと思いがちなのですが、じつはそれぞれの魂のステージに差ができてしまったからかもしれません。 人は、苦労や悲しみを乗り越えたときや、人のために尽くしたような場合に、魂のステージが上がるのですが、そうなるとそれまで仲良くしていたとしても、中学年が小学生と付き合うような感覚になるのです。 そうなると自然に距離ができてしまい、今度は同じステージにいる人たちとの交流に楽しみを覚えるようになるのでせす。 これは友人だけではなく、夫婦の関係にもいえることなのですが、夫婦の場合は会話がなくなり、これまで配偶者に相談していたようなことも、まわりにいる同じステージにいる人に話を聞いてもらうようになるのです。 仲が良かった友達と疎遠になり、その友達が新しい友達と楽しそうにしていたなら、もしかしたら自分のステージより上に行ってしまったかもしれたせん。 もちろんその逆もありますが、その場合は冒頭で書いたような感覚になるのです。 苦楽を共にする、という言葉があるように、どちらか一方が苦労していて、もう一方が楽をしてばかりいるようなら、やがて関係がギクシャクしてくるものですが、このギクシャクの原因も魂のステージに差がでてきたことによるものです。 とくに、自己中心にものを考える人は、なかなか魂のステージがあがりません。 このタイプの人は気に入らないとすぐに友人との関係を切りますが、そのタイミングは、相手の魂のステージが上がるときが多いのです。 思考や言動が子供じみているため、自分より年下の友人たちと交流したがるタイプが多いのですが。いつの日かその年下の友人たちにも追い越される日がやってきます。

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2020/5/27 メール受信の調子が悪くしばらく受信する事ができずご迷惑をお掛けして大変申し訳ありませんでした。 本日から復旧いたしましたのでどうぞお気軽にご連絡ください。

6月に思う

かつて住んだ家は近くに田んぼがあったので、6月の夜ともなるとそれは賑やかな蛙の鳴き声がした。 うるさいほどの蛙の鳴き声を聞きながら、田んぼの畦道に蛍を探しに出掛けたこともあった。 生きていたなら中年にさしかかるであろう息子が、小学5年生の姿で私の前で宿題をやっている。 窓の外は蛙の大合唱。 宿題を終えた子供の頭をなでる、まだ若い母親の自分がいる。 私は若い頃に戻りたいとか、人生をやり直したいなどと