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自給自足

大昔の人々は、獲物や木の実を求めて移動をしていましたが、やがて作物を作り、家畜を飼いはじめて自給自足の生活が始まったことは誰もが知っています。また、自分たちが口にするものを自分で賄うことができるのが理想だということも知っています。 知ってはいても、なかなか行動に移すのが難しいのは、貨幣中心の社会であることと、農業や酪農ができる土地を持てないせいでしょう。 しかし、若者が都会に流失してしまった田舎では農地が荒れて、まだまだ耕作地はたくさんあるのです。 食料危機が叫ばれていますが、もう10年も前から知ってか知らずか、都会を離れて、田舎に住んで見よう見まねで野菜や米を作り、ヤギなどを飼っている知り合いがいますが、もうすっかり自給自足の暮らしが板につき、農民の暮らしを満喫しているようです。 やはり、いざというときに一番強いのは、野菜や米を作る技術や土地があり、水に困らない暮らしをしている人なのではないかと思っています。 口先だけで食料危機を叫び、行動に移れない者にせいぜい出来るのは、米や缶詰、水の備蓄くらいですが、毎年、毎年エンドレスに作物を作れる人からみたら、所詮は笑ってしまうくらいの量に過ぎません。また、飲み水も無尽蔵の井戸や湧水には敵わないのです。 戦時中や終戦後の食料不足のごろは、山の裾のや学校の校庭までが畑になり、作物が植えられたそうですが、今ではそんなことを知る人は少なくなりました。 農地がないのではなく、作り手がいないことで、ますます日本の食料自給率を下げていることは間違いないようです。

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2020/5/27 メール受信の調子が悪くしばらく受信する事ができずご迷惑をお掛けして大変申し訳ありませんでした。 本日から復旧いたしましたのでどうぞお気軽にご連絡ください。

6月に思う

かつて住んだ家は近くに田んぼがあったので、6月の夜ともなるとそれは賑やかな蛙の鳴き声がした。 うるさいほどの蛙の鳴き声を聞きながら、田んぼの畦道に蛍を探しに出掛けたこともあった。 生きていたなら中年にさしかかるであろう息子が、小学5年生の姿で私の前で宿題をやっている。 窓の外は蛙の大合唱。 宿題を終えた子供の頭をなでる、まだ若い母親の自分がいる。 私は若い頃に戻りたいとか、人生をやり直したいなどと